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凋叶棕運営記。基本まったり更新。
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2018/04/21 (Sat)
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2014/05/10 (Sat)
たびたびRDです。
いよいよ例大祭も目前に迫りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

凋叶棕からは新譜「望」の頒布を予定しておりますが、今回の凋叶棕・RD-Sounds周りでお知らせしたいところについて何点か書きたいと思います!


 1.「総力戦狂想曲」
サークル・河城重工特車事業部様の「総力戦狂想曲」に参加させて頂いております!
こちらは、メインコンテンツは小説で、私はそれに対して楽曲での参加という形になっておりますが、
ジャンルはなんと軍楽!初挑戦のジャンルで、右も左もわからないながら、様々に研究した結果をお届けします。
作中のプロパガンダ放送をイメージしながら二曲、東方アレンジを提供いたしました。
興味のおありの方はぜひ聞いてみてください!

アドレスはこちらから!http://kahi-sv.info/TWR/


 2.凋叶棕楽曲合同誌 「語 -Katari-」

俄には信じがたいお話ですが、なんと、凋叶棕の楽曲をモチーフにした合同誌が制作されました。
皆さま一人一人が一曲一曲、というお話は聞いておりますが、詳しい内容は私も知りません。
  
凋叶棕の楽曲がモチーフになるという前代未聞の一冊ですが、是非ともお勧めしたいと思います。
私は、ちょこっとした役で参加させて頂いておりますが、メインは絵や小説になるかと思いますので、ぜひそちらを!

表紙をはじめ、参加されている方にビビっとこられましたら、お手に取ってみてください。
こんな機会はまたとないかと思いますので!!


 3.例大祭特別版 太鼓の達人

例大祭では、太鼓の達人の会場限定特別版が展示されるそうですが、
なんと、新譜「望」より、Unprivileged Accessがプレイ可能です!
会場限定のものになりますので、興味がある方はプレイしてみてください!


例大祭のお知らせは上記三点です!
凋叶棕合同、いったいどんなものになるのか…私自身もよくはしりませんので、ほかならぬ私自身が楽しみです。

明日は、当日の持ち物のアナウンスなど致します!
それではそれでは!
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2014/05/07 (Wed)
いよいよ例大祭も間近です、RDです!

少し遅れてしまいましたが、新譜の情報につきましてアナウンスを差し上げます!
凋叶棕は、第十一回博麗神社例大祭にて、新譜「望」を頒布できる運びとなりました!

バナーがこちら!

「望」は「のぞみ」とよみ、テーマを「観測」としています。
観測とは、つまり、幻想少女達の視点からではなく、「彼女たちを見つめる”誰かから”の視点での曲」を全体として集めた一枚、ということになっています。
その誰か、は、原則として幻想少女ではなく、村人や名無しの人間が中心です。
彼女たちはどのように映っているのか?という辺りに思いを馳せながら作っています。

徒に引き続き、今回も13曲という大きめの編成ですが、 CD全体としての流れはやや薄めで、ゆるーく楽曲がつながっていたりといったところもありますが、基本的には独立しています。この辺りはぜひ聞いてみて頂ければと思います!

歌唱でご参加いただきましたのは、めらみぽっぷさん、Φ串Φさん、野宮あゆみさん(再録)のご三方です。
曲のジャンルを広く取っていますので、様々な方向性で楽しんでいただけるかと思っております。
今回は、全体的に少し落ち着いた楽曲が多い印象ですが、ぜひ試聴を聞いていただければと!

前作、前々作に続き、一部楽曲で光収容さんにGtをお願いしております!
今回も大変素敵に弾き切って頂きましたので、どうぞご期待ください!

なお今回、弦奏交響曲は生演奏です。「遙」「騙」のときの皆様にお願いしております。
こちらもどうぞお楽しみに!

そしてジャケットははなだひょうさんにお願いしております!
今作のジャケットで個人的に推したいところは、ちょっと今この場では申し上げられないのですが、ぜひジャケットをフルサイズで見て頂きつつ、いろいろなところを見て行っていただければと思います!
今回も大変素敵なイラストで彩っていただきました!


頒布スペースは、あ-42「凋叶棕」になります。頒布価格は大コインにこ(1000円)にて!
メロンブックス様でも予約が始まっておりますので、こちらもご検討ください!


例大祭合わせの宣伝はあともう少しありますので、こちらは別の機会にて!

2014/01/08 (Wed)
「(R.I.P)」

未だ存在せぬ原著に基づく、紅魔館大図書館の物語です。


パチュリー・ノーレッジの命が、尽きようとしている。
そんな話を聞いた魔理沙がパチュリーに逢いに行き、そこで知らされる、紅魔館の大図書館の秘密。
それは、紅魔館の図書館の「呪い」の仕業であるという。

そうして、二人は、パチュリーが図書館の呪いを引き受けた、あの日のヴワル魔法図書館へと旅立つ。
 そこに居たのは、この図書館の以前の主、太陽の魔女ヴワルと、月の魔女パチュリー(このときは、ノーレッジとは名乗らない)
 二人の出会い。ヴワルを追い出そうとするレミリア・パチュリー。
だが、追い出されたいのは、実はヴワルも同じ思いであった。
その真相は、遂にヴワルを追い出すことが可能になったときに明らかとなる。
この図書館は、魔女を閉じ込め、その力を食べて「生きている」のだという。そして、その力を吸い尽くした時、次の魔女を捕まえ、また同様に閉じ込めていく。

そうしたことを話して、解放を喜ぶヴワルと新たに囚われるパチュリー。
だが、ヴワルの解放は、図書館からの自由を意味しない。ヴワルの命もまた、そこで尽きていく。
そして、今までの魔女の魔法を継承した月の魔女は、図書館と共に生きていくこととなった。

さて、そのパチュリーの命が尽きるということは、どういうことか。
太陽の魔女、月の魔女、次に図書館に選ばれたのは、星の魔女。

それであれば、次の次の図書館には誰が選ばれるのか…




紅魔館大図書館を「ヴワル魔法図書館」と呼んだことは誰しも一度はあると思うのですが、
そこについて掘り下げたお話です。

この曲は原著が存在しないため、どこまで何を描写するべきかはかなり迷いましたが、
まずはこのお話に思いを馳せてもらえるよう、三人の象徴をそれぞれ「太陽と月と星」として作っています。


ヴワルはパチュリーとは対照的に、明るい魔女という感じであるらしいので、ヴワルを象徴する一番は元気よく、明るめに。
パチュリーは月の魔女としてのイメージで、静かに大人しく。
最後の魔女は、星の魔女らしくきらきらと壮大に。

R.I.P.というと、「Requiescat in pace」(安らかに眠れ)の省略ですが、
R.I.P.では、   「Requiescant in pace 」と、微妙に違いますが、これは対象が一人か複数人かの違いです。

発音が「レクイエスカント・イン・"パーチェ"」となるのがちょっと大切ですね。

ヴワルの今際のときにはパチュリーがいて、
パチュリー・ノーレッジの傍には魔理沙がいたわけですが、
魔理沙の傍にも誰かが居て欲しいと思っていますが、それは誰になるでしょうか…


かくも数奇な密室の少女たちの物語、いつか私たちはどこかで読めるのでしょうか。
2014/01/02 (Thu)
「落日」

遊女「霧雨」の存在と森近霖之助の邂逅を描いた物語です。

  霧雨魔理沙は、その身を遊女に落とし、「霧雨」という名で春を鬻いでいた。
  その、大三世「迷蛾楼」の遊女「霧雨」が今夜取った客は、森近霖之助その人であった。
  実の父親に水揚げされた遊女を嗤いにでも来たのか、と食って掛かる霧雨。
  言葉も草々に、そうして結局は、ことに及ぶ二人。
   哀しいのか嬉しいのか曖昧なままの霧雨に、「綺麗になったね」と声をかける霖之助。
   ことを終えたのち、次に親父と会ったときには「兄弟」と言ってやれ、と言い残す霧雨。窓の外には季節外れの花火。
   遊女となった彼女を連れ出すことも救うこともできず、ただ、自責の念に駆られるように大門の外でうなだれる霖之助。


 「落日」は、そもそもが霧雨魔理沙が春をひさぐという構想での合作「霧雨ロマンポルノ」に収録されているため、春をひさぐ魔理沙であるという強烈なイメージが何よりも印象的です。
本著は現代風俗パートと遊郭パートがあり、 「落日」は後者という位置づけです。
(前者も前者で語りたいところの多いお話なのですが、今回は割愛いたします)

 さて、「落日」本編は、霖之助と「霧雨」の出逢いが描写されるわけですが、
霧雨は、自分の苗字を敢えて名乗ることで、その身分を以て実家に復讐しているのだと私は考えておりました。
霖之助と、ある意味で結ばれ、ある意味で幸せで、ある意味で最も不幸なこの展開の持つ鬱っぽさからは、ものすごいパワーを感じます。
特に印象的なのは、霖之助を見つけたときの魔理沙の表情で、なんというか、逢いに来てくれたことへの純粋な喜びを感じさせつつも、それ以外の思いも複雑に絡んでいるような感じです。
結局、「落日」は誰も幸せになっていないのですが、それがいいと言いますか、なんというか、その救われなさこそが美しいと思っている次第です。


さて落日ロマンスは、「魔理沙が遊女に」というそのシチュエーション自体のインパクトそのものをまず伝えたい!!と思っていたため、
薦で唯一「本編よりも前」の描写を中心に、霧雨は、霖之助に出会う前にどんな思いでいたのか?ということを中心に考えて制作しています。

霧雨が霖之助に逢いたがっていたかどうかは、正直なところ今も私の中では確たるものがありませんが、
ロマンスの中の霧雨はかなりそちらよりです。

これは、そうでも思わないとやってられないんじゃないかなと思う反面、
出会ってしまったらそれは破滅というか、霧雨の中の最後の可能性を潰してしまうことにもなりかねないというような、そんな思いです。どちらにせよ救われない。
でも、やっぱり魔理沙は霖之助を乞いているのではないかな、と制作時はそういう思いが強くありました。

ただ、出逢ってしまったら、することはひとつしかありませんが…

音楽的には、地味に明るく、しかし歌詞は重く、なんというかアンビバレントでちぐはぐな「愛」に生きる嘘つきのようなイメージで作っています。

梁塵秘抄の「あそびをせんとや…」は、様々な解釈がありますが、遊女がその身の罪深さを嘆いているという解釈も認められるようで、ならばこれがイントロにふさわしいと思ってのことです。


重いお話ではありますが、これも一つの魔理沙の形としてお薦めしてみたい次第です!
2014/01/02 (Thu)
「竹ノ花」

 自らが背負う運命と共に生きた、稗田家の三人の物語です。


・阿七の物語
  
  稗田の奉公人として雇われた若い男と稗田阿七。
  その男に、自分の身に課せられた運命を告げ、もうすぐ、この体は駄目になると告げる阿七。
  それに対しまだ命のある限り元気に生きればいい、といったことを諭す男。
  そうして、阿七は誰とも知らぬ男の元へ嫁いで行く。
  あるいは好き同士であったかもしれない二人だが、阿七は結局、自分の運命を変えるには至らない。
  男も男で、阿七にふさわしい幸せが見つかった、とその行く先を祝福する。
  
  男の心に、癒されなぬ小さな傷跡が疼く。



・阿弥の物語
  
  それから何十年かあとのこと。
  成長した男は、稗田阿弥の家の傍で働きながら、次代の阿礼乙女、阿弥の御守のような役割を引き受けていた。
  阿弥は「貴方を愛するために生まれてきた」として、男と添い遂げ、つかの間の幸せを手にする。
  が、それも長く続かず、男が仕事で留守の間に、阿弥はその命を散らしてしまう。

  二度も自分の手から離れて行ってしまう阿礼乙女に、男はただ哀悼に暮れるしかなかった。



・阿求の物語 

  それからさらに何十年か後のこと。
  年をとり、何も語らない男に寄り添うのは、男の娘である、稗田阿求。
  置いてきぼりにしてしまった琴、待たせてしまったことを詫び、何度でも転生して償うという阿求に、
  男は、愛とは貸し借りではなく、この世界は愛だけではないと諭し、
  愛という荷物を背負って生きるのではなく、自分の好きなように生き、好きなものを愛して生きて欲しいと自分の娘に願う。



まず、無粋ながら、阿礼乙女の転生には設定上百年単位の時間がかかるため、このお話はその点をついてはいけない、ということを理解しているうえで制作に臨んだことを申し添えておきます。
であっても、それであっても、このお話のドラマは実に熱いものだと思っています。
自分が愛した女、自分を愛した女 、そうして娘として生まれ変わる…そういった関係性をたどれるのは、阿礼乙女をおいて他に居なかったでしょう。

竹の花は、咲くと辺りの竹が枯れてしまい、(竹の種が大量にとれ、これを目当てに鼠が繁殖し、衛生状態の悪化や穀物に被害を与えるという説もあり)不吉の象徴と言われていますが、
花が咲けばあとは枯れるだけ。これは稗田の女も同じ、と、竹の花と咲けば散るだけの阿礼乙女とを重ねています。

転生を重荷として感じ、ただ男を愛し続けるのではなく、自分の生きるように生きてほしい、と男が阿求を諭すシーンは、つまるところ転生による記憶の継承の否定、思いの継承の否定であって、記憶をすべて共有しているわけではないという部分に合致する辺りが憎いです。


制作開始当初より、一番一代で、三番まで作ることを想定していたので、一番一番は短くまとまるよう、以て言葉選びに気を使いました。
 制作時、二つの案があり、疾走風とゆったりスローテンポの二つがあがったのですが、めまぐるしく変わる運命に翻弄される感じがよりそれらしいかなーというイメージの元、疾走風味を採択しています。

音の感じというか、三番までの繰り返しなので、曲全体の雰囲気として統一されつつも、
微妙に歌詞や裏の音の動きなどのイメージが違います。
阿七は、少し遠くから阿七を眺めるイメージで。
阿弥は、否応なしに流れに巻き込まれるように。
阿求は、もうすべて終わってしまっていて、静かに時間を刻んでいるような感じで。
極端に変えたわけではなく、あくまでもイメージですがそのような感じです。

 「どうか、私の代わりにあの人と生きて」といった表現が二度繰り返されるのは、作中でも大切なシーンになっています。
阿七、阿弥が「私の末裔よ、私の代わりにあの人を愛してあげて」と願うのですが、
その思いのみではいけない、と男が振り切って阿求を諭すのがとってもじんと来るお話ですね。
阿求には幸せに生きてほしいですね。

阿七、阿弥、阿求それぞれと男の距離感というのが違うのですが、このあたりはブックレットがそれを如実に表しているように思います。実に素敵な一枚を頂きました。

運命に翻弄されながらも愛を貫く、稗田家の物語をぜひ!
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